「こんなこと聞いていいのかな?」をなくす。何でも話せる美容室を目指して
谷口
〜はじめに〜
施術中、お客様がふと言葉を止める瞬間があります。「こんなこと聞いてもいいですか…?」そう前置きしてから、恐る恐る質問を始める方は少なくありません。白髪のこと、薄毛のこと、似合わないと分かっていても試してみたい髪型のこと、過去の失敗談――。本当は聞きたいのに、遠慮して飲み込んでしまう言葉が、きっとその何倍もあるのだろうと僕は感じています。今日は、そんな「聞いていいのかな」をなくしていきたいという、僕なりの思いについて書いてみます。
遠慮の裏にあるもの
お客様が質問をためらう理由は、決して「僕を信頼していないから」ではありません。むしろ逆で、「変なことを聞いて呆れられたくない」「こんな悩み、大したことないと思われるかも」という、相手への配慮から来ていることがほとんどです。
「聞きにくい話題」と、その裏にある心理
| 聞きにくい話題の例 | お客様の心の中 |
| 白髪染めのタイミング | 「今さら聞くのは恥ずかしいかも」 |
| 薄毛・地肌の悩み | 「触れられたくない話だと思われそう」 |
| 似合わないかもしれない髪型への挑戦 | 「変に思われたら嫌だな」 |
| 過去の失敗談・他店でのトラブル | 「悪口みたいに聞こえたら気まずい」 |
| 費用や時間に関する率直な要望 | 「わがままだと思われたくない」 |
たとえば、白髪染めのタイミングについて素朴な疑問を持っていても、「プロにとっては当たり前すぎる質問かもしれない」と思って聞けなかったり。薄毛が気になっていても、「触れられたくない話題だと思われているかも」と自分から切り出せなかったり。こうした遠慮は、お客様の優しさの表れでもあります。だからこそ、その遠慮を溶かすのは、僕たちスタイリスト側の役割だと思っています。
「聞かれる前に、こちらから開く」
僕が意識しているのは、お客様が質問を切り出すのを待つのではなく、こちらから話題の扉を開けておくことです。カウンセリングの段階で「気になっていることがあれば、髪のことじゃなくても何でも聞いてくださいね」と一言添えるだけで、空気がふっと軽くなる瞬間があります。
また、施術の合間に「最近、生え際の分け目が気になる方も多いんですけど、〇〇様はどうですか?」というように、こちらから具体的な話題を振ることもあります。抽象的に「何かありますか?」と聞くよりも、具体例を出した方が、お客様は「あ、これも聞いていいんだ」と安心して口を開いてくれるようです。
否定しない、ジャッジしない相槌
何でも話せる空気をつくる上で、一番大切にしているのは「否定しないこと」です。お客様が「こんな髪型、変ですかね」と不安そうに言った時、真っ先に否定から入ってしまうと、次から本音を話してくれなくなります。
相槌の言い換え例
| お客様の言葉 | NGな返し方 | 意識している返し方 |
| 「こんな髪型、変ですかね」 |
「うーん、ちょっと難しいかもです」 |
「そう思われたんですね、どうしてですか?」 |
| 「くせ毛がずっとコンプレックスで」 |
「そういう方多いですよ」 |
「具体的にどんな時に困りますか?」 |
| 「前の美容院で失敗して…」 |
(深掘りせずに流す) |
「よかったら、どんな感じだったか教えてください」 |
まずは「そう思われたんですね、どうしてですか?」と、理由を丁寧に聞くようにしています。その上で、似合う似合わないの話は、否定ではなく提案として伝える。「その方向性、素敵だと思います。もう少しこういう形にすると、さらに〇〇様の雰囲気に合うかもしれません」というように。ジャッジされないと分かった瞬間から、お客様の言葉はぐっと増えていく気がしています。
沈黙も、ひとつの答え
何でも話せる美容室というと、常に会話が弾んでいる状態を想像しがちですが、実はそうとも限らないと思っています。中には、静かに施術を受けたいお客様もいますし、その日の気分によって話したい量は変わります。
だから僕は、「話さなければいけない空気」を作らないようにも気をつけています。沈黙が心地よい場合は、その沈黙を尊重する。話したくなった時にだけ、自然に言葉が出てくる余白を残しておく。この余白こそが、結果的に「ここでは無理をしなくていい」という安心感につながり、いざという時に本音を話してもらえる土壌になるのだと思っています。
小さな悩みほど、大切に扱う
お客様が口にする悩みは、他人から見れば些細なことかもしれません。でも、その人にとっては長年気になっていたことだったりします。「くせ毛がずっとコンプレックスで」「量が多すぎて夏はいつも辛くて」――こうした言葉を、僕は絶対に軽く流さないようにしています。
図:信頼が育つサイクル
遠慮がちな会話
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こちらから話題を開く
→
否定せずに受け止める
→
小さな悩みを丁寧に扱う
→
本音を話してもらえる
→
何でも話せる関係へ
↺ 次回来店でさらに深まる(「こちらから話題を開く」へ戻る)
「それは大変でしたね」で終わらせず、「具体的にどんな時に困りますか?」と一歩踏み込んで聞く。そうすることで、お客様は「ちゃんと向き合ってもらえた」と感じ、次からはもっと早い段階で相談してくれるようになります。小さな悩みを大切に扱う積み重ねが、大きな信頼につながっていくのだと実感しています。
こうした空気づくりは、一度の来店で完成するものではありません。何度も通っていただく中で、少しずつ言葉数が増え、少しずつ本音が見えてくる。その変化を感じられた時、僕はこの仕事のやりがいを強く感じます。
「前は当たり障りのない話しかしなかったお客様が、今では家族のことまで話してくれるようになった」――そんな変化があった時、技術的な満足以上の関係が築けているのだと嬉しくなります。
「こんなこと聞いていいのかな」というお客様の遠慮は、放っておいて自然になくなるものではありません。こちらから話題を開き、否定せずに受け止め、沈黙も尊重しながら、小さな悩みを丁寧に扱っていく。その積み重ねの先に、何でも話せる美容室という場所が少しずつできあがっていくのだと思います。
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